2020年1月28日火曜日

もしばな ゲーム と 私の講演

院内 診察室1前の電子掲示板にも 当日の講演スライドを流しています。
2月16日(日) 14:00- 真野市民センター ですが
私の講演と もしばなゲームを実際にやっていただく 「終活」勉強会です。
興味ある方はご参加ください。

2020年1月3日金曜日

新年おめでとうございます

新年おめでとうございます。
恒例の初日の出(犬連れ)散歩でしたが
老犬(15歳)は 足腰弱って立てず 若者2匹で。
近江富士あたりから昇るのが見えるのですが、雲に隠れてたため
近所の公園に戻ってきたあたりで。
こんどはまぶしいので一部陰に入っての記念撮影です。
例年、2日からスキーに出かけるのですが、
成人式迎える長女にはふられ、次女は受験でスベっている場合でもなく
散歩と水槽掃除(+洗車)に明け暮れる年始でした。
4月からは 火曜・木曜の午前 耳鼻科に 菅(かん)先生が着任されます。
日吉台小学校 ならびに 滋賀医大の後輩にあたります。
また、詳細はHPなどでご報告します。
2月16日(日) 真野市民センターで講演することになってて、
その準備もするつもりでしたがやっぱりできませんでした。

2019年12月12日木曜日

続「一隅を照らす」





滋賀県医師会誌に寄稿した内容です。

「一隅を照らす」
私は10歳の時に大津に転居し、当時国鉄湖西線「叡山」駅の冬の雪の多さと
ドアを手であけることに衝撃を受けました。
比叡山には何かと足を運ぶこともあり、比叡山高校の校門前にも「一隅を照らす」と
掲げられ何度も目にしていたものの、ほぼその意味を意識したことはあまりなく気づけば
約40年も過ぎていました。
当初は帰宅すれば出迎えてくれていた娘たちも、出迎えるどころかリビングで出くわせば
自室にさっさと逃げていき(出てくるのは小遣い要るときのみ)
元気に出迎えてくれていた愛犬も衰え、白内障に難聴で寝ていることがほとんど。
家内もその横で寝ていることがほとんど。
あまりに悲しいので、仔犬を兄弟で飼い初め、例えおやつ目的でも帰宅時に猛烈に
歓迎してくれるのに喜びを感じる日々でした。
たまには遠方へ犬(若い2頭)を連れて、散歩もどうだろうということで晩秋に行先を探すと
比叡山も堂内は無理でも犬連れOKということがネット検索で判明し
それでほぼ10年ぶりくらいの比叡山訪問となりました。
再び、目に入る「一隅を照らす」の文字も、いつもと違う「広場」で興奮気味の犬に引きずられ
気にもとめ(られ)ず、亡父が眠る阿弥陀堂だけには犬を外へ待機させ入って手を合わせてきました。
夕刻近づいてからの横川は人も少なく、こちらは紅葉がより美しくゆっくりした散歩となりました。
横川は滋賀医大の解剖実習後の慰霊式で訪れて以来、恐らく25年ぶりだと思います。
すっかり気を良くして、その次週湖東三山も見ごろということで、調べてみればこちらも「犬OK」と
いうことで、下調べついでに西明寺のホームページから「住職日記」というブログにたどりつきます。
https://saimyouji.com/monk2/#post-151
いや、心が洗われるような、名文の数々で反省することも多く、その日記「道心」で「一隅を照らす」の
よき解釈に出会うことになりました。
引用させていただくと
『一隅を照らす。この一隅とは、重箱のスミや端っこをさすのではなくて自分の持ち場のことです。
すなわち現在自分自身が関与している持ち場を守り、ベストを尽くすことを一隅を照らすと言います。
こういうポストにベストを尽くす人材こそ世の中になくてはならない国の宝だと言っておられるのであります。
もっとくだいて言いますと「一隅を照らす」ということはどんな嫌な仕事でも、この道心(向上心)をもって
ベストを尽くして行くと、だんだんと嫌な仕事も好きになってくるものです。
そしてその仕事が好きになってくると、その仕事にいろんな工夫を加えて、おもしろく仕事をするようになってくるので、
ますますその仕事が好きになってゆき、いつの間にかその職場になくてはならない存在になってゆくということです。
こういう人達がたくさん世の中にでてくると、いろんな場所が照らされて、世の中が明るくそして住みやすい場所に
なってくるということなのです。』
金剛輪寺、西明寺と早朝から愛犬たちと訪れましたが、本当に美しく心洗われる気がいたしました。
本当は、ここで終わるつもりでしたが、非常に残念な思いで再び「照一隅」と出会うことになるとは思いませんでした。
アフガニスタンの中村哲先生。
私が色々書くべきこともございません。週刊文春2016年9月1日号が追悼記事としてネットで検索可能です。
https://bunshun.jp/articles/-/16860
先生は精神科に入局され、うつ病、統合失調症の患者の話をとにかく聞き続ける日々だったそうです。
相手に寄り添うようにして、ただただその人の気持ちを理解しようと努めた経験がアフガニスタンで
文化も風習も異なる人たちと接する際に役だったそうです。
引用です。
『大切なのは彼らの生きる世界を受け入れ、自分の価値観を押し付けないことです。
単に違いであるものに対して、勝手に白黒をつけてしまうことが様々な問題を生む。そう考える癖がつきました。』
心より中村先生のご冥福をお祈り申し上げます。
肉体は滅んでも「精神」は生きる。こころのなか、で、生きる、生き続ける。
この「生きる」ってのは、結局、「ことば」なのではないのでしょうか。


2019年11月24日日曜日

紅葉狩り 一隅を照らす

先月から色々行事も立て込んでおり、診療もワクチン接種が佳境
内視鏡検査も、今年はいっぱい、来年1月も埋まりつつあり
「ぎゅうぎゅう」の状況ですが、「忙しい」と言っておられず・・・です。
「忙」という字は「心」を「亡くす」
患者さんからもこれまでの対応と違うと怒られることはあり
(連日100名以上の患者さん対応になると、心療内科的診察は時間的にもできなくなり
 専門医・専門施設に委ねざるを得ません)
こちらもそれで凹むのですが
近いが故?暫く出かけてなかった パワースポット 比叡山に出かけてきました。
滋賀医大 解剖実習後の慰霊にも訪れた横川
当然、犬は御堂には近づけず。
亡父が眠る阿弥陀堂にも久々に。
湖東三山も「犬OK」(ただマナー厳守)とのことで
勤労感謝の日も早朝から 金剛輪寺と
西明寺へ
「一隅を照らす」わかっているようでわかっておらず
西明寺ご住職の「住職日記」
「道心」
大変勉強になりました。そして反省。
帰宅後、普段あまり顔を合わさなくなった娘たちから「お仕事お疲れ様」の
プレゼントをもらい、滅茶苦茶嬉しかったという、いい休日でした。
これから、寺社巡りと俳句でも始めましょうかな?


2019年10月27日日曜日

防災

しばらく更新が滞っていました。

大津市を7つのエリアに分け、それぞれで
医師、看護師、薬剤師、行政、医療福祉事務、介護職など
多職種での勉強会を定期開催していますが
本年度から堅田エリアの担当になり、忙しくなっていました。

先日は、茨木市から医師会の防災担当理事の先生を講師にお招きして
「大阪北部地震とこれからの防災対策」としての勉強会開催しました。

「備えあれば患いなし」ではあるものの
「平時」とことなる「災害時」医療 
住民の理解、協力がないと麻痺してしまいます。

最大多数の最大幸福
「ひとりの命は地球より重い」なんて平時とは全く違うわけです。

発災後、72時間が生死の境目
基本、自身で歩ける、動ける方は後回し
動けない災害弱者は動ける人で(助ける 移動させる できれば予め)

息ができない 心臓が止まりそう
最初はまず、ひとりでも多くを救う
(「痛い」「しんどい」のは気の毒だけど後回し)

軽症が押し寄せてパンクする夜間の救急や
ほぼ「老衰」であるのに救急搬送されるケースにも共通する問題が
ありそうです。

復旧は早いが復興は時間がかかる。
まだまだ大変だそうです。

報道されない裏側、あるいは行間を読む智慧が私を含め必要です。



2019年8月15日木曜日

お盆休み

ゴールデンウィーク以来のダイビング休暇を頂いてきました。
台風の影響で海況は悪く、さらに、帰りも1日早める結果となりましたが
無事に帰ってこれて何よりでした。
今回は3年ぶりの宮古でした。
台風で物資が止まったため、機材は届かない、コンビニやスーパーには
食材すらなしと大変でした。
1日できた「本当の休日」で、今日は水槽掃除と書類・カルテ整理で
ほぼ篭っておりました。
いろいろ掲示をなおしたり、やりかえるのも結構時間がかかります。



2019年7月15日月曜日

水槽が・・・増えてしまいました

メインの水槽で、ミッキーマウスプラティが大繁殖してしまい
エビが喰われる エサ取り競争に負けた小魚が死ぬなど
もう限界だったので
以前のクリニックから持ってきてた休眠状態の水槽を復活させました。
底にはもうなにもいれてません。
メンテナンス性重視。